厚生労働省医政局指導課長 佐藤敏信

1. はじめに


医療に係る行政とその所管を説明する。医療に係る行政は、3つに大別できる。すなわち、人、ハコ、カネである。
最初の 「人」は、医療関係職種の認証と質の保持に関するものであり、医政局医事課等の所管する医師法等の身分法が根拠となっている。
次に「ハコ」は、医療機関の認証と質、量に関するものであり、医政局総務課と指導課の所管する医療法が根拠となっている。
 「カネ」は、こうした人やハコに対して財政的な裏打ちをするものであり、もっぱら保険局の所管する健康保険各法及び社会保険診療報酬制度で対応している。このほか、医政局指導課において、救急・災害、へき地、周産期、がん等の高度医療に対して施設整備、設備整備、一部は運営費補助を行っている。

2.医療と医療費を巡る議論


 日本経済はバブル後の10年を経て回復の途上にあるとは言え、その傷は完全には癒えていない。
そうした中での国の財政運営のキーワードは、「均衡財政」に尽きる。関連して「プライマリーバランスの重視」とも言われている。これは、税収などの歳入で、政策的経費である一般歳出や地方交付税など歳出を賄える状態に持っていくということを意味する。その背景には、景気浮揚を目的とした1990年代前半の積極財政が 国債残高の増大として重くのしかかっていることがあげられる。
従って、医療を含めた社会保障についても、「均衡財政」の枠内で、仮に枠を増やすとしても「経済成長の範囲内で」ということになる。
 それにしても、医療あるいは医療費はこうした国全体の景気の動向や方針と無縁ではいられない。そもそも医療費の確保自体が景気の動向に直結するような制度設計になっているからだ。
このことを少し詳しく説明する。医療費は現在32兆円に達しているが、その50%強が保険料、30%が租税、残り15%程度が自己負担によって賄われている。
このうち、保険料については、個々の被保険者(加入者)がその収入に応じて支払うことになっている。被保険者の収入は、景気の動向に直結しているから、医療費の総枠(総額)も当然景気の影響を受けることになる。もしも医療費の総枠を増やそうとするなら、こうした保険料徴収の仕組み自体の変更か保険料率の変更しかないのである。
一方、自己負担を増やすことで医療費の総枠を増やすことも可能である。実際に、高齢者を中心に近年自己負担の引き上げが行われている。
医療費の総枠を増やすこと以外にも方法はある。それは既存の枠の中で、「無駄を減らし、意味のある分野に分配」することである。
具体的な方法としては、診療報酬上の取り扱いの厳格化や、そのための指導監査の強化があげられよう。しかし、こうした対策は医療人にとってはあんまり気持ちのいい話ではないだろう。
では、医療人の立場に立ったときに「無駄を減らし、意味のある分野に分配」する方策は何だろう。ありふれているかもしれないが、医療に関する質やコストのデータの収集と開示である。このうち質という点では、医療のプロセスやアウトカムを分析し、評価し、開示することである。コストについては、(内科、外科、産科などの)部門別や疾患群別のコスト分析を行うことである。こうしたデータが収集できて、それらを元に科学的な議論ができれば「意味のある分野」への診療報酬の分配も可能になるだろう。
もちろん、言うは易く行うは難い。しかしそれでも地道に、手近なところから対応していかなければならない。その手始めは退院時サマリーの整備だろう。病院内の退院時サマリーの記載事項のコード化・標準化を徹底しなければならない。アウトカムについては、がんのように疾病やその重症度が標準化されているものから順次取り組めばいいだろう。 
部門別、疾患群別コスト分析も、現状では容易ではないが、これがなければ診療報酬制度における改善要求も説得力のないものになる。しばしば「当院では小児科部門は赤字です。」などという発言を聞くが、実際には他科との厳密な比較の出来るようなデータを持っている病院は少ない。まずは配賦法からでもスタートしていただきたい。厳密なコスト計算が無理な場合には、DPCデータの活用などでも可能だろう。

3. まとめ

日本の医療が先進国の中でも最も効率がいいということは誰しも認めるところである。その背景に、個々の医師の努力があるのはもちろんだが、病院、特に外科系の診療報酬が抑えられてきた影響もあると考えられる。同時に、病院医師の給与が比較的低額に抑えられてきたこともあるだろう。
患者の側からみても、比較的低負担で、どこでも高度の医療が受けられるという点では最高水準である。しかしこのことはモラルハザードも生んでいる。小児救急を例に取れば、地理的、経済的な障害がないため、病院の救急部門をコンビニ的に利用し、そのことが病院医師を疲弊させるという悪循環が続いている。
元々、社会保障については国民の間に負担という概念が希薄で、ともすると低負担で高度のサービスを要求しがちである。こうした中で、国としては、あくまで経済成長の範囲内での社会保障ということを基本方針としている。となると現行の保険料徴収の仕組みが変わらない限り、医療費の総枠を増やすことは容易ではない。保険料が無理であれば増税しかないが、そのためにはねばり強いキャンペーンや主張によって国民の合意を取り付ける必要がある。
国民の合意を取り付けるためにも、医療人は、現在提供している医療のプロセスやアウトカムの評価、部門別、疾患群別のコスト分析を行い、その結果を提示しなければならない。こうした努力によってこそ、医療費の総枠の拡大や効率的な配分も国民的な理解を得ていくものと考える。