日本の医療を崩壊させてはいけない

      鈴木 厚 (川崎市立井田病院 内科)


 国民の多くは病院で生まれ、病院で死んでゆく。「ゆりかごから墓場 まで」の福祉は「紙オムツから紙オムツまで」の医療となっている。この国民医療に対して医療費が高すぎると寝ぼけたことを真面目な顔で言う輩が多くいるが、31兆円である国民医療費は国民年金の44兆円より13兆円安く、パチンコ産業と同じ程度である。この国民医療費のどこが高いのか、政府は国民医療の現状を故意に隠し、私たちの健康と生命を危機にさらしている。
 今回の医療制度改革に対し多くの議論がなされている。しかし今回の医療制度改革はすなわち、「老人殺し」。「病院つぶし」。「地方つぶし」。さらには「医療難民促進法案」。「医療従事者過労死促進法案」と言い換えることができる。

 政府は情報操作で国民を欺き、うまく国民を騙している。マスコミは社会の木鐸の使命を忘れ、国民を愚衆化している。経済学者は政府の提灯持ちとなり、国民全体の幸福を考えていない。そして何も知らされていない国民は不満だけを言う愚衆となっている。しかし国民よ、目覚めてほしい! 私たちは世界水準を超える知的民族であるが、正しい情報を与えられていないから、正しい判断ができないのである。お上の言っていることを正しいと思っているから、越後屋と悪代官の悪事に気づいていないのである。
 政府はいざなぎ景気を越えると言っている。しかし儲かっているのは越後屋、すなわち企業であって、労働者の平均年収は年々低下している。特に保険業界はこの将来不安に便乗し、儲けだけを追及している。
厚労省は国民の生命の尊さよりも、自分たちの省益しか考えていない。厚労省は医療の適正化と言っているが、彼らが言う医療の適正化を、不適正化という言葉に言い換えればすべてぴったりである。

 医療に対し、国民医療費を国民総生産などの経済指標で抑制する考えがある。しかしそうなったら当たり前の医療さえ提供不可能になる。自己負担が3割を超えて4割から5割になったら、それは国民皆保険とは言えない。医療に市場原理主義が導入されれば、医療はカネで買うものになり、カネのない者は医療を受けられないことになる。
 国民の切なる願いは「医療の安全性と医療の質の向上」である。しかし医療費抑制政策では、この国民の願いを達成することは不可能である。政府は経済政策の失敗、公共事業や公費の無駄使い、これらの借金のツケを国民医療費抑制に転嫁している。しかし国民の熱望に逆行する医療政策、国民の生命を軽視する政策は、アメが降ろうが、ヤリが降ろうが、テポドンが降ろうが、すなわち「政府が国民に対して宣戦布告」をしているのと同じである。

 また地方自治体も同罪である。地方自治体は医療の公共性を考えず、医療からの撤退ばかりである。事実、この5年間で289 施設(5.4%)の自治体病院が廃院となり、日本から5100のベッドが消滅した。このように社会的基盤である医療が崩れれば、国民は不幸になるだけである。
 現在、医療に対する国民の不満が大きい。しかしこれは医療従事者が怠慢だからではない。国民医療費が少ないため、人的パワーが少なく、満足できる医療を病院が提供できないのである。また現場の医師や看護師も不満だらけである。そして過重労働から不満を言う気力もなく、ただ黙って立ち去って行く。病院を作っても医師がいなければ病院は成り立たない。また患者さんを助けたいという気持ちで病院に就職した新人看護師は、あまりのつらさからと多忙から1年で1割が辞めている。

 政府は病院での看取りを6割、自宅での看取りを4割と計画している。昭和ノスタルジーにひたっている者は、家族に看取られながら自宅での最後を夢みているが、実際の介護、自宅での治療は現実的に困難である。また自宅で死亡した場合、マンションに住んでいる者はどうやって棺桶を部屋から出すのか。つまり自宅での看取りは限りなく不可能に近いのである。また政府は療養病床を38万床から15万床に減らすことを決定している。しかし現在でも足りない療養病床を半減以下とする政策は、日本に医療難民、介護難民をあふれさせることになる。高齢化が進み、団塊の世代の高齢化が目前に迫っている。政府の医療政策はこの団塊の世代を狙っていることは自明のことである。

 患者側の不満、医療側の不満、このように日本の医療は不満だらけであるが、その諸悪の根源は医療費抑制政策である。高齢化が進み、医療が進歩しているのだから、当たり前の治療、当たり前の医療安全を維持するだけでも国民医療費は自然増となるはずである。医療費増を医師のふところを増やすという邪推は、時代遅れの化石的愚考の最たるものである。病院が赤字なのは、赤字になるように日本の医療が統制されているからで、病院の赤字を誘導している医療政策が間違っているのである。 昨年の衆議院選挙で小泉劇場に踊らされた国民は自民党に2500万票をあたえ、この大勝利を国民の白紙委任状として、やりたい放題の医療改悪がなされた。しかし今年の皆保険制度堅持の署名運動では1730万票を集めている。日本医師会は支持政党の問題でゴタゴタがあったが、自民党だろうが民主党だろうが日本の医療を良くしてくれるのならばどちらでもよい。

 今回の診療改定では病院は経営が成り立たない瀕死の重症であり、開業医は軽症だったといえる。しかし次回の診療報酬では開業医が狙われることは確実である。のんびりしていたら、医療機関のすべてが沈没してしまう。
 いずれにしても日本の医療を良くするためには、正しいことを正しいと主張する信念と行動が必要である。国民のため、国民の危機を、国民ひとり1人が共有して正々堂々と悪法と戦うべきである。
 国の真の豊かさは国民総生産や国家予算の総額で決められるものではない。日本人の心を綺麗にする教育と環境、さらに医療と福祉を充実させることである。今回の医療改定は地獄への第一歩である。そして団塊の世代を地獄へ突き落とすための政策である。
 「立ち上がれ、団塊の世代よ!」 君たちは学生運動で権力に立ち向かい、高度経済成長を築き、バブルを経験し、リストラの辛苦をなめ、戦後の日本を築いてきたではないか。団塊の世代よ、地獄に突き落とされる前に医療政策を変えるべきである。それは自分たちのためだけではない、日本人全員のため、次世代のためである。社会を明るくするため、医療現場に笑顔を戻すため、あの熱き血潮をもう一度、日本のために燃やしてほしい。恐れることはない。心をひとつにすれば、欺瞞に満ちた医療制度を変えることができる。そして本当の民主主義で医療を築いてほしい。
 もう一度言う、「私たちの健全な生活を守るため、立ち上がれ!団塊の世代よ」、「私たちの幸せを守るため、立ち上がれ!すべての国民よ」。「国民の生命を守るため立ち上がれ!日本の医師たちよ」。そして美しい日本を造ってくれ。




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