新医師臨床研修制度と地域保健・医療

      宇都宮啓(厚生労働省医政局医師臨床研修推進室長) 


<1.はじめに>
 旧医師臨床研修制度では、研修内容や到達目標等に関する基準がなかったため、研修病院によって指導体制や研修内容の違いが大きく、特に大学病院を中心として特定の診療科だけに限られたストレート研修の比率が高かったことから、幅広い基本的な診療能力が身に付きにくいことが指摘されていた。すなわち、高齢化社会を迎え、生活習慣病や複数疾患を抱えた患者の増加による、全人的・診療科横断的な医療や予防医学の必要性の高まりにもかかわらず、現実にはストレート研修により細分化、高度専門化された医療を目指す医師が生み出されるという状況があった。
これらの様々な問題点についての議論を踏まえ、平成12年に医師法等が改正され、平成16年4月から@2年以上の臨床研修の必修、A臨床研修に専念の努力義務、B臨床研修修了者の医籍登録、等が定められた。
 新たな医師臨床研修制度の創設は、インターン制度の廃止以来36年振りの大幅な改革である。この改革は、医師の養成にとどまらず、医療の質の向上など医療提供体制に影響と変革をもたらしつつあるが、新制度においては地域保健・医療研修が必修とされており、今後の地域保健・医療に対しても、大きな影響を与えることが予想される。そして今年の4月から卒後臨床研修は2年目のプログラムに入り、いよいよ地域保健・医療の研修が本格的に始まる。
<2.新医師臨床研修制度の概要>
 法改正の審議の際には、参議院国民福祉委員会において「医師及び歯科医師の臨床研修については、インフォームドコンセントなどの取組や人権教育を通じて医療倫理の確立を図るとともに、精神障害や感染症への理解を進め、更にプライマリーケアやへき地医療への理解を深めることなど全人的、総合的な制度へと充実すること。その際、臨床研修を効果的に進めるために指導体制の充実、研修医の身分の安定及び労働条件の向上に努めること」について、政府は適切な措置を講ずるべきである旨の附帯決議がなされた。我が国の最高の意思決定機関である国会においてなされた、非常に重い意義を持つこの決議を、現場の皆様には是非ご理解いただきたい。
 新制度においては、プライマリ・ケアの基本的診療能力を修得できるよう、「臨床研修の到達目標」を明確化し、臨床研修病院が作成する研修プログラムは「臨床研修の到達目標」を達成できる内容としなければならないとしている。そして、研修分野については、内科、外科、救急部門(麻酔科を含む。)、小児科、産婦人科、精神科、地域保健・医療を研修することとしている。
 一方、臨床研修病院については、高度医療を提供する設備の整った大病院に偏ることのないようにするために、臨床研修病院の指定に当たっては、病床規模や剖検などの規模等に関連する基準を廃止する一方、指導体制や医療安全管理などの研修や医療の質等に関する基準を設けた。その結果、中小病院をはじめ指定を受ける病院が激増し、本年3月末現在、協力型病院も含めると、2,204病院が指定されている。
<3.地域保健・医療研修の意義>
 新制度の大きな特徴である地域保健・医療研修で学ぶ5点の意義について述べる。
@全人的医療
 新制度の基本的な考え方の一つは、「患者を全人的に診療することができる基本的能力を修得すること」であるが、「健康とは、肉体的、精神的および社会的に完全によい状態にあるということであり、単に疾病または虚弱ではないということではない」というWHOの定義にもあるように、人間は肉体的、精神的のみならず社会的な存在である。すなわち、医療機関で目の前にいる患者の全身を診ることが出来れば全人的医療ということではなく、患者の存在する家庭、地域、職場といった社会環境をも包含して診る能力が求められている。これは特に地域保健・医療研修の機会に身につけることが可能であり、効果的な研修を行うためには、診療所、保健所等においては所内の座学や見学を中心とすることなく、往診、家庭訪問、地域活動等に積極的に連れて行き、このような視点を培うべきである。
A様々な保健医療福祉制度
 難病、精神通院医療等の公費負担制度や介護保険制度等の知識を身につけ、制度面からの患者の負担軽減や社会復帰等の支援を学ぶ。
B臨床医の届出等の意義
 食中毒、感染症、児童虐待等、法で医師に届出が求められている傷病に関して、届出に基づき地域のどのような機関がどのような対策を講じていくのかを学ぶ。また、様々な届出等に基づく各種統計データがどのように公衆衛生行政等に活用されているのかを学ぶ。
C予防医療
 地域保健、産業保健、学校保健事業等の現場に参加することにより、様々な予防施策を学ぶ。
D医療安全
 保健所が実施する医療監視に立ち会うことにより、監視する側から見た医療安全対策の視点を学ぶ。
<4.研修医マッチング>
 平成16年10月には希望順位表を登録した参加者のうち、8,000名について組み合わせが決まった(マッチ率95.3%)。大学病院ではなく地域の臨床研修病院で研修を受ける研修医の割合は、平成13年度の28.8%(旧制度)から今年度は44.1%に増加したが、今回のマッチングではさらに47.3%にまで増加した。
 参加病院所在都道府県別の状況の推移を見ると、平成15年度マッチ者(平成16年度研修)数は旧制度の時の平成15年度採用実績に比べ、東京都、京都府、大阪府等で減少し、東北地方等で増加する傾向があった。平成16年度マッチ者数は前回からやや揺り戻すような傾向が見られたが、それでも平成15年度採用実績と比較すると、東京都357人、京都府85人、大阪府57人の減少であり、北海道や沖縄県では2年連続で増加するなど、当初の懸念とは異なり、むしろ研修医の大都市集中は崩れる傾向にあるように思われる。
 平成15年度マッチング参加者へのアンケートによれば、希望順位を登録するプログラムを選んだ理由として、1位が「病院の実績や研修の指導体制がよい」で3位が「プログラムの内容がよい」であり、地理的条件や処遇を答えた者はこれらより少ない結果であった。
 これらのことから、研修医はきちんと病院やそのプログラムの情報を事前に入手し、評価して自分で道を選択しようとしていることがわかる。研修医は、以前のように漫然と自大学の医局を選ぶのではなく、主体的に研修先を選択するようになり、その結果、全国的に研修医の流動化が始まったということが言えよう。
<5.予想される地域保健・医療への影響>
 まず、前述のように研修病院の規模などに関する指定基準を緩和したため市中の多くの一般病院が臨床研修病院に加わり、さらに、研修医が大学からこれらの病院に流れてきている。すなわちこれまでに比べ、より地域住民に近いところで研修を受ける医師が増加している。
 次に、必修科目に地域保健・医療が入ったことにより、単独型、管理型の病院は地域の研修協力施設と研修管理委員会等を通じて連携しなければならなくなり、これまで接点のあまり多くなかった大学病院や大病院と地域の保健医療機関とのつながりができてくる。
 そして、地域保健・医療研修により保健所の活動等への理解が進んだ医師が増加することにより、また、必ずしも高度な設備が整ってはいない市中病院でスーパーローテーション研修を受けプライマリ・ケアの基本的診療能力を身につける医師が増加することにより、地域における保健と医療の連携が進むこと、さらには僻地を含めた地域に出る医者の増加が期待される。
 すなわち、新制度の定着により地域保健医療の連携、充実が期待される。
 少しでもより効果的な研修とするためには、インターン制度の時代とは異なり研修医が医師免許を持っていることを活用し、単なる座学や見学に終わることなく、是非、地域保健・医療の現場業務を積極的に経験させて頂きたい。
 <6.おわりに>
 医師が医師としての人格を涵養し、全人的な医療を提供できるような能力を身につけるために、36年ぶりの制度改革が行われた。
 地域保健・医療研修は必修科目となり、いよいよこの4月から本格的に実施される。新制度は、大学や行政等限られた主体ではなく、保健医療界全体でよい医師を養成する制度である。地域の医師はもちろん、歯科医師、薬剤師、保健師、獣医師、栄養士、事務官等、医師以外のあらゆる職種の協力が欠かせない。是非地域保健・医療の現場の皆様にはこの制度についてご理解、ご協力を頂き、医師の資質向上を通じて、地域における保健と医療の質の向上、体制確保、連携が推進されるよう願っている。

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