新医師臨床研修制度3年目を迎えて
厚生労働省医政局医師臨床研修推進室長
宇都宮 啓
まず、我々は医師や医療に対する信頼が思いのほか揺らいでいるという事実を認識する必要がある。例えば、日経新聞の調査では、「医療制度改革に何を求めるか」という問に対し一番多かった回答は「医師の質的向上」であった。厚生労働省の委託調査では、医療機関や医師等に対して不安を感じることが「よくある」または「ときどきある」と答えた者を合わせると約3/4にも上った。さらに内閣府の調査では、「今の日本は安全・安心な国か」と言う問に対し「そう思わない」と答えた者が55.9%であったが、その理由としてあげられたもののうち5位に「医療事故の発生など医療に信頼がおけない」があげられていた。
医師の質の基本を作るのは医学生時代の教育と、医師免許を取った直後の臨床研修である。後者については、旧制度においては様々な問題点が指摘されていた。例えば、研修内容や到達目標等に関する基準がなかったため、研修病院によって指導体制や研修内容の違いが大きく、特に大学病院を中心として特定の診療科だけに限られたストレート研修の比率が高かったことから、幅広い基本的な診療能力が身に付きにくいことなどである。すなわち、高齢化社会を迎え、生活習慣病や複数疾患を抱えた患者の増加による、全人的・診療科横断的な医療や予防医学の必要性の高まりにもかかわらず、現実にはストレート研修により細分化、高度専門化された医療を目指す医師が生み出されるという構図があった。また、処遇が不安定で、1年目から当直などを含めたアルバイトで生計をたてざるを得ないという状況もあった。
これらの様々な問題点についての議論を踏まえ、平成6年に医療関係者審議会から提言が出され、平成12年に医師法等が改正され、ようやく平成16年4月から新医師臨床研修制度が施行されたのである。
新制度とともに導入されたマッチングシステムにより、研修医が大都市の大病院に集中するのではないかと言われていた。しかし、実際にふたを開けてみると、研修医は大学を離れ、予想に反し、むしろこれまで医師が少なかった地域や中小病院に流れる傾向があることがわかった。昨年実施されたアンケート調査の結果を見ると、研修医はプライマリ・ケアの基本を学ぶというこの制度の趣旨に沿い、臨床研修病院を選択する基準として、都市部であるなどということよりも経験症例数やプログラム等を重視しているということがわかった。
さて、新制度の導入により研修医の動向が大きく変化したが、その実態把握と評価のための基礎データの収集を目的に、本年3月に臨床研修を行っているすべての病院と研修医を対象に「臨床研修に関する調査」を行った。集計途中(回収率34.0%)ではあったが、1期生の研修修了後の進路に対する関係者の関心が非常に高かったため、とりあえずその部分を中心にまとめ、中間報告として5月に公表した。
中間報告を見ると、大学病院と研修病院それぞれを選んだ1期生の比率は、臨床研修開始時にくらべて大きな変化はなかった(約5:4)。研修・勤務先を選択した理由について見ると、「専門医取得につながる」、「優れた指導者がいる」、「現在研修している」などが上位を占めており、「大都市である」や「給料・処遇がよい」といった回答は少数だった。
専門としたい診療科では、世間でよく問題とされている小児科、産婦人科、麻酔科を答えた者の割合は、旧制度の平成14年度の同世代である20代の医師の割合にくらべ、減少してはいなかった。研修・勤務先の分布を見ると、小児科や産婦人科について研修医が減っているという指摘は大学病院についてのことであり、実際には市中病院に進む者が多いということがわかった。診療科を選んだ理由については、「学問的に興味がある」、「やりがいがある」といった回答が上位になっており、「自由な時間が多い」、「収入がよい」、「訴訟が少ない」というのは少数派だった。
仕事と生活のバランスについては約半数が「仕事も生活も同じくらい大切」と答え、仕事のほうを大切に考える者と合わせると77.1%であった。他の職種のデータがないので比較できないが、今の時代、この数値をもって若い医師が厳しい仕事を嫌っていると言えるだろうか。むしろ、仕事を大切に思う者が、多いと言えるのではないか。現に、きついと言われる小児科、産婦人科を選んだ者は前述のように減少しておらず、これらに加え、やはりきついと言われている救急を選んだ者でも4割かそれ以上は仕事も生活も同じくらい大切と答えている。
新制度により厳しい実態を見た研修医はその診療科には進まず、負担の少ない診療科を選ぶ傾向があるという意見があるが、これらのデータからはそのような事実は見受けられず、当たっていないことがわかる。研修医が仕事に意欲を持ち、研修施設についてもプログラムや指導医を見て選んでいるということを認識すべきである。また、むしろ厳しい実態を知ったうえで、その科を選択する医師にこそ今後が期待できるのではなかろうか。若い医師が楽で高収入を望んでいるといった主張をすることは、根拠がないだけでなく、国民にあたかも医師全体がそうであるかのような誤ったイメージを与え、医学界にとってもマイナスの影響を及ぼす。さらに、万一それが本当であるなら、そもそも学生時代の6年間を通じて、そのような医師を育ててきたのは誰かということにもなる。
中間報告では9割以上が専門医等の資格を取りたいと回答する一方、医学博士号の取得希望者は3分の1程度であった。「学位取得」に対する意識が大きく変わっている。ただし、その専門性の範囲については、「幅広い病気の治療にかかわる診療(総合診療医や救急等)」、「幅広い病気の治療にかかわりながらも、特定分野である程度の専門性をもって診療(内科開業医や一般外科等)」など比較的ジェネラルな医療を志向する回答が半数を超えていた。これらから、専門医取得希望と言っても、それは必ずしも高度な専門性を志向しているとは限らず、むしろ臨床能力を高め、その証としての専門医がほしいということではないかと思われる。
最近は国民が専門医志向であるという議論をよく耳にするが、冒頭の調査結果などを踏まえると、これは医師の臨床能力に対する不信感の裏返しであり、国民は臨床能力の高い医師を求めていると思われる。すなわち、今回の調査結果は国民のニーズにも沿うものであり、今後の医師養成の方向を示すものではないだろうか。
中間報告の内容は、行政の立場からも納得できる結果である。若い医師は、腕を磨きたい、臨床能力を高めていきたいという意欲を持って仕事に取り組んでいる。つまり、今後は研修医のキャリアパスのそれぞれの段階において、このようなニーズに合致する病院が研修先として選ばれることが示唆されている。
新医師臨床研修制度は研修医のための制度だという指摘がある。もちろん、処遇改善等、そのような面があることは確かである。しかし最終的に目指すものは、国民に質のよい医療を提供できる医師を養成することである。医師養成に関する議論は、これまでは医師の側からの議論が中心であった。しかし医療は国民のためにあるのであり、これからは、国民、患者の側に立って医師養成を考えていかなければならない。
新臨床研修制度はあくまで医師としての最低水準を確保するための手段、すなわち、国民、患者に対する医師の最低限の品質保証ということにほかならない。また、これまでは大学病院や大病院のみで医師を育てていたが、新制度においては、中小病院や地域の保健医療機関、そして医師のみではなく看護師等、様々な職種が協力して明日の医療を担う医師を育てていく制度である。皆様には是非、このことをご理解いただき、今後ともよりよい臨床研修の推進にご協力をお願いしたい。
