新臨床研修制度を考える
−大学総合診療科の実情・新しい試み−


   札幌医科大学地域医療総合医学講座
 山本和利

 住民の健康調査の話から始めたいと思います。1961年にカール・ホワイトという人が16歳以上の人たちに健康調査をやって「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メデスン」に報告しました。詳細は省きますが、それによると結局1,000人の住民のうち、大学病院に行くのは1人だけなのです。この1人の患者を診る大学病院の医師をそばで研修医が見ていると、非常に格好よく見えるわけです。まさにこの1,000人のうちの1人を様々な科で分け合って診ているわけですから。一方、この残りの999人の住民は決して大学病院では診られることがないので万が一その人たちの訴えに対応できなくても格好悪いところは患者や研修医に見せることはないわけです。その研究の40年後、2001年にグリーンという人が同様の研究を行いました。その間に家庭医制度ができたり、民間療法、訪問医療の利用頻度について調べたりしていますけれども、結局やはり大学病院にゆくのは1,000名中1名です。こういうデータが示すように、大学病院に来ることのない大多数の患者に応えられる医師になるためには大学病院だけの研修ではだめだと反省して今度の新しい研修医制度となって反映されているのだと思うのです。

 ここで医学というものを振り返ってみますと、実は医学というのは科学と同じ考え方であって、結局機械論的世界観で、世界は巨大な機械であって、人間は複雑な機械であるとみなしています。ですから、要素還元、一つ一つ細かくして、それをもう一回つなぎ合わせれば元に戻るという発想でやっているわけです。これは分析的アプローチというものですけれども、分析的アプローチは「部分の問題を解決すれば全体の問題が解決する」というふうに主張しているわけです。

 具体的な事例でみてみましょう。21歳の女性がしびれで受診してきました。整形外科の複数の先生が同じ足を見て、A先生は外反母趾だと言うし、B先生は扁平足だと言うし、C先生は靴が合わないからだと言うし、D先生はMR、X線全部撮って、血液検査でリウマチもないと言うような全く違ったアプローチや診断をします。そのときにA先生には外反母趾に見えるし、同じ足がB先生には扁平足に見えるのですね。自分たちがやりやすい形でやっている部分というのがやはりあると思うのです。理論に精通することによって非常にいい面もありますけれども、逆に自分の持っている理論的枠組みでしか患者さんに対応していないということがあるわけです。大学には臓器専門医の先生がたくさんいていいと思うのですけれども、私が一番願っていることは、臓器専門医とジェネラリストが診療の両輪であるべきであるということです。とは言っても、地域に行けば行くほど、ジェネラリストを必要とする比率が多くなってくるのではないかというのが私の考え方です。

 スペシャリストは、細分化したアプローチをしていきます。疾患を考えて、1個人を診て、目の前の症状だけを診ます。それを医師中心にやられる傾向が強いわけです。こう言うやり方は実際に大学病院などではうまくいっているわけです。しかしながらそれをそのまま地域医療の現場にはやっぱり当てはめにくい。地域で大事なのは、患者さんの背景を知ることだし、全人的に患者さんの病感等の側面を考慮しないといけないと思うのです。地域医療の現場において、専門医はこの視点が欠けてしまうというのが私の一番の主張なわけです。

スペシャリストとジェネラリスト
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スペシャリストのアプローチ ジェネラリストのアプローチ
1.生物医学的 生物心理社会的
2.還元主義 全人的
3.疾患立脚型 病い立脚型
4.一個人を対象 集団も対象
5.眼前の症状・問題に対応 予見的対応
6.医師中心 患者中心

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 それで、プライマリケアというのはいくつか定義を示しますと、日常の健康問題の専門家であるということ、継続的であるということ、利用者の視点に立って医療をやるということです。やっぱりそのようなことが地域医療では大事ではないかと思います。そのときにジェネラリスト同士が、家庭医が中心だとか地域医療が中心だとかいや病院中心だとかといってこんなところで覇権を争っていてはだめなのです。これは単に場の問題であって、プライマリケアの姿勢を持っている人たちのうちで地域と行政とかかわる人は地域医療と言えばいいし、病院でやりたい人は総合医療、家庭医をやりたい人は家庭医療と唱えればいいだけの問題です。
ジェネラリストに必要な能力
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1. 医療面接技法
2. 文化的背景の理解
3. 予防ケアの能力
4. 継続的な自己学習する能力
5. 系統的に考える能力
6. 社会的ニーズを評価する能力
7. 日常的な急性・慢性疾患や行動科学的問題に対応する能力
8. まれな問題を認識する能力
9. 医療チームを組織し協調する能力

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 そのジェネラリストというものをもう少し説明しましょう。まず良好な人間関係を築くことを心がけ、背景を重視して、あまり身心を二元論に分けないという診療スタイルをとります。それぞれの臓器に特化するよりも全人的に『あなたのための専門医』を目指すわけです。これはカナダのマック・ウィンニーという先生が言っております。それで、ジェネラリストに必要な能力というのは表に示すように書かれています。ですから、もし大学で研修した先生が地域医療の現場に行かれるのであれば、こういうことをすべて専門医の先生もやってほしいのです。

 では、今までの地域医療がどうしてうまくいっていないのかという点について私の考えを述べます。大学の先生は臓器専門医を養成して、その医師を派遣して、地域医療の充実を図るというふうにおっしゃっています。では、どうして50年間……100年間ですか、日本の地域医療はこんなにだめなままなのでしょうか。それは、本気で取り組もうとする気構えがないからではないでしょうか。本音は文章には書かれていない、と言うことです。「生まれ故郷に帰って頑張りなさいね」と大学教授が言っても、実際には白い巨塔で白衣で風をきって、1,000人に1人しかいない患者さんを診ている先輩医師をたくさん学生が見ていたら、どんなに地域医療の大切さを言葉では語っても、大学の方に行きたくなるわけですよね。こういうことがずっとされてきたわけです。そのときに私が一番問題と思うのは、「地域に行く医師が敗残者」だとか「みじめな青春」だというふうに定義づけられていることです。こういう考えのところでやっていたら、やっぱり患者さんの信頼は得られないと思うのです。

 それではどうしたらよいのでしょうか。「責任をとらない判断は間違いを繰り返し」ます。責任をとらないことでこれまでずっと間違えてきたわけです。一般的にだめな判断の仕方というのは、与えられた問題だけに数値データを当てはめて、すぐ分析したがるわけです。しかしながらこれからは発想を変えなければいけない。パラダイムシストを起こして価値観を変えなければいけない。
 では、今の医療をどうやったらいいかというと、もっと生活者中心でいきましょう・・・解決を重視し、病感にも配慮し、適切な資源を利用し、物語も重視し、多彩な住民・患者を対象とし、幅広い枠組みをもって、対等な人間関係でやるような医療を目指しましょうということです。

 さて、よく「医師が欲しい」と言います。そのときに、「医師が欲しい」という言い方はもうやめよう、というのが私の主張です。というのは、臓器専門医は地域に行けばそのまますばらしいジェネラリストになると大学関係者はすべて誤認しているのです。確かに臓器専門医は大事です。でも、ジェネラリストも大事なのだから、そのときに医師が欲しいと言わないで、ジェネラリストが何人、スペシャリストが何人欲しいというふうに言えばよいのではないでしょうか。そこで初めて実態がわかるわけです。ジェネラリストが何人、スペシャリストが何人足りないか。これからはそういうふうに言ってください。500人の医師不足のうち、250人スペシャリストが足りなかったら、スペシャリストは250人どこからでも補給できますよ。でも、ジェネラリスト250人ということになったらどこからくるのでしょうか。日本中探しても大学にはどこにもいません。そうしたら250人足りないということがそのときに初めてわかるわけです。そこで政策が必要になるわけで、ないならつくらなければいけないという話になるわけです。一番大事なことは、地域に行っても専門医が科学・医学だけをできるような環境にしてやるということだと思うのです。そもそも専門医として地域に行ったはずなのに、実際に行ってみたら、「君のやることはジェネラリストだよ」といってそれをやらせることはかわいそうだと思うのです。ですから、うまくジェネラリストと専門医が地域医療では連携してやるということが大事ではないのでしょうか。

 もう一点、同じ働くことでも「労働」と「仕事」に分けた方がいいのではないかと私は思うのです。ある本の定義では「労働」というのは生き延びるためにするのであって、「仕事」はやりがいがあるのだという話です。今までの大学から派遣されてきた医師の大部分は地域医療を「労働」だと思ってやっているわけです。でも、地域で生き生きとしている医師は「仕事」だと思ってやっているわけです。そう考えますといい地域医療を展開するためには、仕事をやるような医師を地域に送らなければいけないわけです。臓器専門医が仕事だと思うのは専門医の仕事なのです。ジェネラリストが仕事だと思うのはジェネラリストの仕事なのです。そうしたら、やっぱり双方が仕事として生き生きとやるためには、双方がやりやすい状況をつくらなければいけないのではないか、というのが私の考えなのです。これまで面々と受け継がれてきた “臓器専門医は地域に送れば、必ずいいジェネラリストに変身する”というやり方はものすごい錯覚や誤解ではないかと思っています。言い方を変えますとこれまでは誰も本気でコミットしなかったのです。だから今みたいな状況になったのではないでしょうか。地域医療にコミットしましょう。それを促すために私はこの講演で幻想を皆さんに振りまいているのです。

 ここから新しい発想を述べます。大学関係者はこう言います。「今の現実はこうだから」「今現実にできるのはこうだからできる範囲で派遣します」と。現実として対応できないと言っているわけです。本音としてはそんな大変な地域医療はやめましょうと主張したいわけです。地域医療の根本は何かというと、当たり前ですが大学の視点で考えないで、生活者の視点で考えるということです。

「大きな目標」を挙げましょう。でも、単に「いい医療をやる」というのでは多分だめだと思うのです。「地域そのものをよくする村おこし・町おこしの中に医療がある」というぐらいの発想を住民の方々にもしていただかないと、やはり地域医療は再生しないと思うのです。理想論を語らなければだめだと思うのです。ユニークな物語……“あの村に行くとおもしろい物語があるぞ”というふうなところでないとやる気のある医師はそこへ行けないと思うのです。「システムで考える」ことも大事です。分析に時間をかけるよりむしろ限られた情報であっても理想に向けての判断はできるはずです。多くの人を巻き込むということです。次の手を打ち続けるということです。一応私なりの提言をします。臓器専門医、ジェネラリストの役割分担をした方がいいのではないか。地域医療に積極的に関わる気持ちのある医師には定期的に必要な研修を保証するシステムを構築する。医師派遣にかかわった者が下した判断の責任をとってほしい。 
地域医療再生の根本
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1. 地域住民・患者の視点で考える
2. 大きな目標を設定する
・地域再生(村おこし・町おこし)
3. 理想論を語る(ユニークな物語)
4. システムとして考える
5. 少ない情報でも対応策を練る
6. 関わりをもつ多くの人を巻き込む
7. 次の手を打ち続ける

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最後に強調したいことは、2年間の臨床研修後にジェネラリスト養成プログラムが必要であるということです。そしてこのプログラムを終わったような人たちを、またこういうふうな地域にどんどん入れていく。あと、必要な臓器専門医の先生とも連携して地域医療を展開してゆくということです。そのような試みとして私たちは北海道プライマリケアネットワークを立ち2006年度は3名の研修医を受け入れました。日本各地で様々な地域医療再生の試みがなされることを祈っております。