“新臨床研修制度を考える”
〜佐久総合病院付属小海診療所を
軸にした地域保健医療研修について〜
佐久総合病院付属小海診療所 由井和也
佐久病院は、1968年、現在の臨床研修医制度成立と同時に、臨床研修指定病院として認定され今日に至っている。当初より全科ローテート方式を採用し、約30年前から初期研修2年次に1ヶ月間の付属小海診療所での研修を必須とし、地域の第一線診療所での経験を義務付けてきた。さらに、大型化・高度専門化する佐久病院本院の歴史の中で、総合診療の必要性や研修医教育の充実を目指し、1997年に総合外来・総合診療科が設立され、本院における臨床研修において重要な役割を担っている。
佐久病院は、『「農民とともに」の精神で、医療や文化活動をつうじ住民のいのちと環境を守り、生きがいのある暮らしが実現できるような地域づくりに貢献すること』を基本理念の重要な柱にしており、地域における高度専門医療と診療所活動を含む第一線でのプライマリー・ヘルスケア活動(二足のわらじ)を続け、その人材育成に努めてきた。1994年に長野県軽井沢町で開催された第12回臨床研修研究会において、佐久病院の清水茂文小海診療所所長(当時)が、初期研修における診療所1ヶ月研修を紹介し、地域の現場の中で住民や行政と接点を持ち、保健師、ヘルパー、ケアワーカー等と共に活動することの重要性を強調している。新臨床研修制度の中で地域保健医療研修が必修となる十年前の話である。
佐久総合病院付属小海診療所は、佐久病院の分院として、中山間地域である南佐久南部の地域医療の拠点として五十余年の歴史を有する診療所である。1993年、その地道な地域包括ケアの実践が岩波映画社の記録映画『地域をつむぐ』で全国に紹介されている。そこで行われる研修は、診療所の外来・入院診療、在宅訪問診療研修に加え、介護保険が開始となった2000年からは、佐久病院から医師が派遣されている近隣の四カ所の国保診療所、訪問看護、地域包括支援センター、嘱託医として関わる介護保険施設(老人保健施設1、特別養護老人ホーム2)、宅老所、社会福祉協議会の通所介護・訪問介護の同行など診療所外の地域ケア活動の現場での研修を積極的に推進している。研修を受けた医師や受入れた関連スタッフの研修に対する評価は概ね好評で、アンケート結果では「有意義である」とする回答が大半を占めた(2002年、日本病院学会で発表)。本院の健康管理センター(2週)での検診活動や地域健康づくり活動への参加、地域ケア科(2週)での在宅訪問診療をはじめとする本院の地域ケア研修と合わせ、「地域における保健・医療・福祉の連携を立案・推進する意味を理解する」ことを初期研修における地域保健医療研修の目標としている。
佐久病院の若月俊一名誉総長は卒後臨床教育の理念に関して1996年に言及し、@プライマリー・ヘルスケア(PHC)やコミュニティーメディシンの基本的知識や技術の習得とその精神を学ぶこと、A「コミュニティー(地域)とは何か」をよく知り、その民主化を学ぶこと、B卒前教育の専門技術主義の弊害を批判的に乗り越え、PHC医学の基礎を学ぶこと、C社会福祉、厚生事業、文化のあり方を批判的に学び、政治的視野を拡げることに繋げていく活動に参加すること(現実との妥協は必要と認識しつつ、権力との戦いを忘れないことが重要)、D医師は本来技術者である。技術は社会的、歴史的なものであるという技術論を学ぶこと、E真の「大衆論」が確立されていない中で、協同組合運動のあり方・基本的価値を学ぶこと、としている。そして最終的に私たちが目指すところを「医療を通じての地域の民主化」とし、研修医教育をその大事な一歩と位置づけている。
地方の第一線診療所や病院に対する医師の供給は、地域医療に対する一般的認知がされるようになった以降も慢性的不足状態にあり、現行の医療制度改革が進む中ではさらに厳しい状況になりつつあることを認識する必要がある(本来、地域医療の存亡を語る前に、少子高齢・過疎化が進行するへん地においては地域自体の存亡について考えなければならないことは言うまでもない)。若月名誉総長の言葉を理解し、初期研修での経験を基礎に、後期研修においては研修医のより能動的、主体的かつ実践的な仕事を期待し、第一線で「地域をつむぐ」活動を展開しながら、地域医療を志す多くの有望な若手医師にその活動を継承していくことが小海診療所の使命のひとつであると認識している。
