3.ハルビンと毛沢東の兵士たち

 私たち一家はハルビンで年を越し、本格的引揚げがはじまる8月まで滞在した。
 小学校2年生の私にとって、これほど、生命が大切で、またいかに脆いかを子供ながらに体験した。物を売ることもおぼえた。もらうこと拾うことは大事だったし、小さな盗みも許された。
そして1日1日が生きていることの証であることを知った。
 また学校がなかった。行きたくてもないのである。さすがにひまだった。日本人の子供だけで街に群れになっていた。群れで石炭を運ぶトラックから、石炭を投げおとしてもらったり、追いついて奪うこともガキ供の仕事だった。
 こうしたとき、たまたま日本人が残していった子供向けの雑誌を発見して読んだ時の、あの新鮮な喜びは今でも忘れられない。学校がないことの現象なのだろうか。
 ハルビンは、日本が負けてまずソ連軍が占領した。ついて蒋介石の国府軍がそして最後に毛沢東の八路軍が入城した。このときは何の抵抗もなく八路軍が占拠したが、その行進する兵士をみて、これは良い軍隊だ、自分たちの敵ではないことを直感した。少年兵も交え実に和気合々した有様は、親しみさえ覚えた。これが街で恐れられていた八路軍かと疑うほどだった。
 私にとって毛沢東の軍隊は、弱い者の味方だとはっきりと網膜にやきついている。
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